わろてんか|なぜ伊能と藤吉がチンドン屋(東西屋)に?実話なの?

 

 朝ドラ『わろてんか』では、伊能栞と藤吉がなんとチンドン屋

(東西屋)に扮することになります。

 

イケメン枠の高橋一生さんと松坂桃李さんがチンドン屋とは

かなり興味もそそりますが、ちょっと驚きですね♪

 

なぜこのようなことになってしまったのでしょうか?

 

 

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なぜ伊能と藤吉がチンドン屋(東西屋)に?実話なの?

 

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伊能と藤吉がチンドン屋をやることになるのは、琢子の出馬が原因です。

 

喜楽亭文鳥の特別興行で客足の伸びた風鳥亭ですが、火鉢を置いて

客の回転をよくしようとしたアイデアが裏目に出て評判がガタ落ち

してしまいます。

 

客足も悪くなり再び経営難に陥ってしまうことから、

琢子が経営再建のために立ち上がります。

 

その後うちわを使った呼び込みや冷やし飴の販売などのアイデアとともに

出て来るのがチンドン屋です。

 

そしてこのチンドン屋は単なる客寄せではありません。

 

琢子の戦略とは伊能と藤吉のイケメンふたりがチンドン屋に扮することに

よって、女性客を呼び込もうとするのです。

 

確かに風鳥亭の客の大半は男性ですから、女性客を取り込むことができれば

売り上げも大幅に伸びそうです。

 

この戦略は的中し、伊能と藤吉のイケメンチンドン屋の周囲には

女性が殺到し、風鳥亭に行こうと誘い合うことになります。

 

そして意外にも寄席の周囲に女性が多いことが判明した結果、

風鳥亭は昼夜二部興行をおこなうことになります。

 

今までは夕方からの興行の一部制でしたが、平日に限って昼興行にも

踏み切ることになります。

 

このアイデアも的中して、女性客はもちろんのこと、近所にある

青物市場で仕事を終えた男性客までも取り込むことに成功します。

 

このように突飛とも思えたチンドン屋ですが、風鳥亭にとっては

かなり大きなきっかけになるようです。

 

これらのアイデアによって再び息を吹き返す風鳥亭ですが、

これらのエピソードは実話ではありません

 

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チンドン屋という呼称が普及したのは大正末期から昭和初期にかけてで、

それまでは広目屋(ひろめや)や東西屋などと呼ばれていました。

 

また東西屋は寄席の芸人などが兼ねることが多かったので、

恐らくは吉本せいの寄席でも宣伝に活用したはずです。

 

しかしこれを契機に昼夜二部制にしたり、経営状態が上向きになった

などの資料はなく、これら一連のエピソードはドラマオリジナルです。

 

さらには伊能栞のモデルの小林一三との関わりは、小林が東宝を設立した

後です。

 

藤吉のモデルの吉本泰三は寄席の経営のほとんどすべてを妻のせいに

丸投げしていたので、東西屋をおこなうなどは考えにくいでしょう。

 

とは言え、冒頭でも述べましたが、高橋一生さんと松坂桃李さんの

チンドン屋は楽しみですね♪

 

イケメン俳優の彼らがそのような役どころを演じることはあまりない

でしょうから、見逃せません!

 

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